shiko.miyagami

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「第17回 文化庁メディア芸術祭」で計4347作品の応募から受賞作品が決定

Ragner Kjartansson 「The Visitors」

9つのスクリーンに演者が映しだされ、それぞれの演者の楽器の音や声が同期していくインスタレーション。言葉で書いてしまうと味気ないんだけど、始めは異空間に迷い込んだような不安な気持にさせられ、やがて安らぎの空間に支配されていく。いるはずのない演者が徐々に立ち上がり、彼らと同期したような錯覚に陥る。<p>昔見たアイスランド映画「春にして君を想う」で見た懐かしい光景に繋がっていったのだけど、アーティストサイトを見たらRagner Kjartanssonがアイスランド出身と聞いてこの世界観を納得できた。他にも様々な音楽と映像による作品を手がけているので深りしてみます。シガーロスのミュージックビデオも手がけてます。<p>訪れた日がExhibitionの最終日だったみたいでラッキーだった。

“NYC 1993: Experimental Jet Set, Trash and No Star”

余白の芸術①

アートは詩であり批評であり超越的なものである。そのために二つの道がある。ひとつめは自分の内面的イメージを現実化する道である。ふたつめは自分の内面的な考えと外部の現実を組み合わせる道である。三つめ日常の現実をそのまま再生産する道だが、そこには暗示も飛躍もないので私はアートとみない。私の選んだふたつめは、内部と外部が出会う道である。そこでは私の作る部分を限定し、作らない部分を受け入れて、お互いに浸透したり拒絶したりするダイナミックな関係をつくることが重要なのだ。この関係作用によって、詩的で批評的でそして超越な空間が開かれることを望む。私はこれを「余白の芸術」と呼ぶ。

余白の芸術②

ところで私は、いろいろなな画家の絵面の中に見られるような、ただ空いている空間を余白とは感じない。そこには何かのリアリティが欠けているからだ。例えば、太鼓を打てば、周りの空間に響きわたる。太鼓を含めてこのバイブレーションの空間を余白と言う。<p>この原理と同じく、高度なテクニックによる部分的な筆のタッチで、白いカンバスの空間がバイブレーションを起こす時、人はそこにリアリティのある絵画性を見るのだ。そしてさらにフレームのないタブローは、壁とともに関係を保ち、絵画性の余韻は周りの空間に広がる。<p>この傾向は、彫刻において一層鮮明である。例えば、自然石やニュートラルな鉄板を組み合わせて空間に強いインパクトを与えると、作品自体というより、辺りまで空気が密度を保ち、そこの場所が開かれた世界として鮮やかに見えてくる。だから描いた部分と描かない部分、作るものと作らないもの、内部と外部が、刺激的な関係で作用し合い響きわたる時、その空間に詩か批評か超越性を感じることができる。<p>芸術作品における余白とは、自己と他者との出会いによって開く出来事の空間を指すのである。

さまざまな作家

• 八木山人「木蓮の図」<br>• セザンヌ「サントビィクトワール」<br>• マチス「ダンス」※絵を時用に見る事の難しさ<br>• モンドリアン「一本の木を見る試み」「ニューヨークシリーズ」 (1)外界との素朴なかかわり(2)外界の一部を対象として捉える(3)その対象物を構成概念とダブらせながら整理(4)そして構成概念だけの展開図となる絵画<br>• ゲルハルト・リヒター 一度写真を媒介とさせ再び描く→外界との対話?<br>• ダニエル・ビュレン ストライプの作家 覆う:全体主義 部分に限定:外部性の活性化を呼び起こす非同一性<br>• ペノーネ<br>• アニシ・カプア<br>• F・ステラ ××<br>• 若林奮<br>• 高松次郎<br>• ウルリヒ・リュックリエム<br>• 白南準ナム・ジュン・パイク<br>• ヨーゼフ・ボイス<br>• 谷川雁<br>• 古井由吉<br>• 中上健次

一瞬の見えること

逆に言うと、あまり感じない凡庸な写真にはタイミングが写っていないのだ。シャッターチャンスは、被写体を巡る無数の時々刻々のある一瞬であるが、どの瞬間のアングルを捉えるかが写真家の感応力、才能に関わってくる。<p>ここで一瞬と言っているのは、被写体の状態を巡る時間的な感覚はもちろんのこと、被写体の存在性、物神性、ポーズ、表情、位置、距離、明暗、空間とのバランス、写真家の呼吸など、それらの要素が最も良いテンションで噛み合うシャッターチャンスのことである。<p>バシュラールはそれを「詩的瞬間」と言う。<p>芸術家は、何かの弾みにちょっと見えたかと思うとすぐ日常にもどってしまう詩的瞬間を、何とかしてどこかに繋ぎ止めたがる。換言すれば、テンションの高い刹那的なある場面を、何らかの方法で構造化して普遍性と持続性を持たせたがるのが芸術家と言って良い。

ウィリアム ヘンリー フォックス タルボット-ソルトプリント

プリントの本質。

絵画における抽象性の問題

• モンドリアン 都市と画面の呼応<br>• モリス・ルイス 色彩と空白<br>• マルタン・バーレ 色面とフィルド<br>• アントニオ・タピエス 記号と物質<br>• ルチオ・フォンタナ 行為と空間<br>• サイ・トゥオンプリ 落書きと空白<br>• ゲルハルト・リヒター 外界と内部の対話によるブレとズレ<br>• ダニエル・ブュレン ニュートラルなパターンの設置と外界の接合<br>• 榎倉康二 支持体と浸透<br>• 尹亨根 設定と放置<br>• 李禹煥 描いたものと描かざるもの

時光 x 人像 接力攝影展

仕事で台湾に行った時、素敵なギャラリーと写真展に遭遇。

新津保建秀×早見あかり 「Spring Ephemeral」

新津保さんのワークショップでお世話になる直前にFOILに行ってきました。

NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA

<b>NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA</b><p>いよいよ5月20日からNYPH2012が開催される。<p>一泊三日の弾丸ツアーでもするつもりだったのだけど仕事で断念。<p>自分より先に、自分のカケラがニューヨークに行くわけです。<p>自分は何もお手伝いできずに申し訳ないです。<p>太田さん、岡山さん。<p>よろしくお願いします!

NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA

<b>NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA</b><p>岡山さんからニューヨークフォトフェスの展示風景写真が岡山さんから届いた。<p>自分の4点はFRAPIERさんに挟まれてる!<p>Michael WOLFのプリントはドキドキするんだろうなぁ。<p>NYに知り合いがいる方は是非ご案内くださいませ。

NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA

<b>NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA</b><p>素敵なギャラリーでビックリ。<p>今日はいよいよレクチャー・プログラムが開催され、<p>ニューヨーカーと「東京画」プロジェクとの壮大なビジョンの共有がなされるらしいです!<p>太田さん、岡山さん 頑張ってください!<p>僕の作品は「Ensemble,c'est tour」というカテゴリーで4点ほど佇んでます。

Laurence Demasion

ローレンス・ドメゾン。<p>この組写真に持っていかれた。

NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA

<b>NewYork Photo Festival 2012 meets TOKYO-GA</b><p>レクチャーが開催された5/19は見事な五月晴れ!<p>ニューヨークからのノミネート作家のNavidとRenato、NY材在住の小島さん、<p>日本から駆けつけてくれた河西さん、所さん、佐藤さん、<p>総勢6人の出展作家も同席するなかでの賑々しいレクチャーとなりました。<p>辛口であると同時に、熱心なニューヨークの写真ファンの前での<p>英語のプレゼンテーションは言葉足らずの部分はあったものの、<p>「東京画」が目指す世界観とそのゴールを共有できる場となりました。<p>今後も写真を前にしてプロジェクトの主旨を語るシーンを大切にしたいと思います。<p>会場まで駆けつけてくださった作家の皆様、本当にありがとうございました!<p>※facebookより転載/ 写真は「東京画」チーフキュレーターの太田菜穂子さん

光の造形~操作された写真

渡部雄吉

松本竣介展

JR 「世界はアートで変わっていく」

<b>JR 「世界はアートで変わっていく」</b><p>ワタリウム美術館ではじまったJR展のオープニングレセプションに行ってきた。JRのこれまでのアーカイブを一堂に展示した今回の試みは貴重です。ただ率直な感想はワタリウムの外壁や2Fフロアをたくさんの人たちの肖像で飾ったりするなど試みはあったもののJRの表現を体感するには、やはり本来のインサイドアウトでないと難しいのかなと。そういう意味ではあくまでワタリウムの展示はJRのアプローチに触れ理解を深める場所としてとらえた方が良いのでしょう。<p>また東北でのプロジェクト活動はもっと立体的に、あるいは映像的な訴求が欲しいとこでした。実際多くの映像やアーカイブはChim↑Pomの「ひっくかえる展」で見たものだったので余計にそう感じてしまった。6月まで開催される中でうまくビルトアップしてもらえれば嬉しい限りです。<p>入館者はドット柄を背景にした大型ポスターをプリントアウトできるので、これから話題になるとは思います。和多利さんもおしゃってましたが、こういったことをきっかけにJRのインサイドアウトの取り組みに関心と理解が深まれば日本でも面白い世界が実現できるかもしれませんね。

Roman Vishniac Rediscovered / We Went Back: Photographs from Europe 1933–1956 by Chim

101 Tragedies of Enrique Metinides

NEW YORK PHOTO GALLERY 3

NEW YORK PHOTO GALLERY 2

NEW YORK PHOTO GALLERY 1

ベーコンにハマった人にオススメの写真

<b>G.P.FIERET</b><p>Gerard Fieretは詩人・画家として活動しながら、1965年から1975年までの10年間は取り憑かれたように写真に没頭し。女性ヌードや、アトリエのあったデン・ハーグの人々、街にあるものなど興味の惹かれたありとあらゆるものを熱狂的に写真に収め、その上にサインやスタンプを施した独特な作品を制作したらしい。しかしそれらは発表されることなく、彼の死後に見つかった膨大なプリントが注目されている。<p>1日年前にlimartで出くわし写真集に出くわして衝動買いしたんだけど、ベーコンの作品を見たあとに彼の様々な写真が融合してきた。

フランシス・ベーコン展@MOMAT

フランシスベーコンの絵を初めて見たのは10年ぐらい前で、その時は異質な強度に圧倒されただけだった。けれど今回のExibitionを見て感じたのは身体の歪み、滲み、拡散。ベーコンの身体に対する執着に土方巽がどんな想いを持っていたのかと想像するとドキドキする。<p>特定の場所におけるイメージの動きを技師的なイメージに変容させること。<p>ベーコンによるイラストレーションと非イラストレーションの定義。前者は描かれた形態がなんなのか知性を介して理解される絵画。後者は見る人の感覚に直接訴かけ多義的な現実をもたらす絵画。だとか。<p>田中泯→身体表現→土方巽→フランシスベーコン→身体の滲みや拡散、歪み→で?って考えてたらSM緊縛ショーに足を運びたくなった(笑)